2011年02月05日

『ハンセン病図書館 旧蔵書目録』

先日,ネットオークションに『ハンセン病図書館 旧蔵書目録』(国立ハンセン病資料館 2010年3月)が出品されていることを偶然に知り,あひる企画に頼んで落札してもらった。

正直,このような目録が(販売しているかどうかは知らないが)手に入るとは思ってもみなかった。


『ヒイラギの檻』(瓜谷修治)を読んで,山下道輔氏のことを知り,彼が心血を注いで収集したハンセン病関連の書籍や資料を是非とも手に取って見てみたいと思うようになった。

数年前に訪ねようと思ったときは資料館は改装中であり,断念せざるをえなかった。そして一昨年,念願叶い訪問することができ,その後に修学旅行の引率で再び訪ねることができた。

山下氏の長年の労苦により集められた貴重な資料を前に,ただ感謝の思いだけだった。山下氏がいなければ,ハンセン病問題の真実は闇の中に消え去っていただろう。本書の中で,藤野豊氏も山下氏への感謝とともに,この膨大な資料が果たした役割の大きさを語っている。

私が初めて長島愛生園に渡ったとき,宇佐美治さんがたった一人で収集した資料を展示されていた恩賜記念館を訪ね,その貴重な資料や品々に目にしたときも,目の不自由な宇佐美さんの労苦を思い,その手を握ったことを覚えている。あれから長島を訪ねるたびに記念館を訪れて,未整理の資料を手に取りながら,長島の歴史や隔離の実情を学んできた。

ハンセン病の当事者による資料保存には,類似の事例として,長島愛生園入所者の宇佐美治氏により維持され,2003年に長島愛生園歴史館として生まれ変わった旧「恩賜記念館」があるが,こちらはモノ資料もかなり多く含めて集められた貴重な資料群である。山下氏や宇佐美氏の,同時代を当事者として生き抜きながら同時にハンセン病に関するあらゆる資料を歴史的史料として後生に残さねばならないと考えた執念と先見性は,現在と未来のわたしたちに豊かな財産をもたらした。それゆえ,こうして残された資料群は,調査研究の一次資料活用されうるものであると同時に,ハンセン病の歴史を体験/体現してきた当事者の営為が生み出した記録として尊重されねばならない。

(廣川和花「旧ハンセン病図書館蔵書の資料的意義」)

現在,長島愛生園歴史館は,学芸員の田村朋久さんが現地研修の案内を一手に引き受ける激務の合間に,宇佐美さんより託された資料や愛生園に散在している資料などを丹念に整理され,聞き取り証言の映像資料など貴重な資料を展示・公開されている。

昨年暮れに訪ねたときも,事務室には段ボールに数箱の原資料があり,まだまだ整理しなければならない資料が山積みであると語っていた。彼の労苦に感謝しつつも,彼が果たす歴史的役割に期待する。
個人情報への配慮などから公表できない資料もある。今後,プロジェクトチームを作って整理・解析・考察が進展することを願う。


550ページを超える本書は,山下氏が収集した約4000点の資料を含む国立ハンセン病資料館に所蔵されている約5000点の資料を収録した目録である。
すべてに目を通していないが,タイトルや出版年からも興味深い資料がいくつも目を引く。

藤野氏は,山下氏より見せられた『特殊部落調 附癩村調』により,「ハンセン病隔離政策に関わる根本的な疑問をすべて解決に導いてくれた」と言う。資料のもつ力である。
(これについては,
拙文および藤野氏の論考を参照)

そして何よりも大切なことは,その貴重な資料をどのように分析・考察するかである。時代背景や社会背景を考慮しながら,資料そのものが語りかける声に耳を澄ませて,その真実を明らかにしていくことである。

差別問題や人権問題を解明していく目的は,二度と同様のことが起こらないようにするためである。同じことが繰り返されないために「学ぶ」のである。学ぶことで,自らの認識と意識を変革していくのである。

posted by 藤田孝志 at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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