2013年02月11日

三園長証言−光田健輔の証言その1−

国会図書館に所蔵されている国会議事録より,いわゆる「三園長証言」を見ることができる。

「癩予防法」改正問題が浮上した昭和26(1951)年11月8日の参議院厚生委員会において,林芳信(全生園園長),光田健輔(愛生園園長),宮崎松次(恵楓園園長),小林六道(国立予防研究所所長),久野寧(名古屋大学教授)の5人のハンセン病の学者・専門家が諮問され,特に国立療養所の三園長は,この病気が極めて弱い発症力しか持たないことやプロミンの登場によりハンセン病が治る時代となっていたにもかかわらず,隔離の強化と患者への懲戒規定の強化を主張して法改正を強く求めた。これが「三園長証言」である。

今,あらためて「三園長証言」を読み返してみると,この証言が歴史的に重要な分岐点であったかがわかる。是非とも一読してもらいたいと思い,ここに全文をPDFで掲載しておく。

第12回国会 参議院厚生委員会「癩小委員会」(三園長証言)

次に,三園長それぞれの証言に関して検討してみたい。
まずは,光田健輔の証言に関して考察していくことにする。

…全国では癩のまだ残つておる県と,もうよほど百以下になつておる県があります。この県は私どもは前から注目いたしましておるのに,いつでもほかの県よりは余計にある。今日で申しますというと,青森,愛知,大阪,それから九州の諸県でありますが,熊本,鹿児島というこのけんは,いつでもそれ以上或いは百に近いところの数字があるのであります。これは昔から遺伝と言われておるように,一つの村に余計にあるとか,或いはその一つの家族に限つて頻々と出るというようなことで,即ち癩は家族伝染でありますから,そういうような家族に対し,又その地方に対してもう少しこれを強制的に入れるような方法を講じなければ,いつまでたつても同じことであると思います。これは五十年間において,先ほど申しましたところの県はいつでも余計に残つておる。その根拠をつくということが,癩の分布をよく一つ研究いたしまして,そうしてそういうような村とか或いは家族とかいうようなものに目をつけて収容をして行かれるということが必要であるということを痛感しております。そして今日残つておる,まあ二千人残つておると,厚生省の統計によりますと二千人くらい残つておるということを言うておられますが,これは先ほど林君が言うたように,まだよく詮索するというと余計にあるかもわかりません。その残つておる患者を早く収容しなければならんのでありますけれども,大概これが多年努力されて入院を親切に指し示して,何回も何回も県庁のかたとか或いは療養所の職員が勧めるのでありまするけれども,これに応じない者が非常にたくさんでございます。そういうような者に強制的にこの癩患者を収容するということが,今のところでは甚だそういうところまで至つていないのであります。知事が伝染の危険ありと認めるところの者は療養所に収容するということになつておりますけれども,次第次第に……元は警察権力の下にあつたのでありますけれども,今日は一つも経費がないと言つたらおかしいですけれども,主に保健所の職員に任せてあるようなのであります。これは以前よりは非常にこのために収容もむずかしいようになつております。この点について,特に法律の改正というようなことも必要がありましよう。強権を発動させるということでなければ,何年たつても同じことを繰返すようなことになつて家族内伝染は決してやまないと,これが第一番と第二番に御諮問になつたことに対する私の意見でございます。

(下線は引用者による)

光田の証言は,彼の一貫した信念である「絶対隔離」を実現するためには「強制収容」の強化が必要であるという主張に終始している。その根拠をあれこれと述べているが,それらは自己正当化のための虚偽・捏造・事実の歪曲である。(光田自身は本当にその思い込んでいたのかもしれないが…,そうであったのならば,尚更に光田の罪過は大きい。)

posted by 藤田孝志 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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