2011年07月13日

ハンセン病問題史

ここ1ヶ月ほど,今までに購入していなかったハンセン病関連の書籍を買い求めて読み耽っていた。

藤野豊氏のハンセン病関連の書籍はほとんど読んできたが,なぜか躊躇していたのが『「いのち」の近代史』である。大部であり,近代ハンセン病史ともいえる内容であり,落ち着いてじっくりと精読したいと思っていたのが理由だ。ハンセン病問題については,その歴史背景をまとめてみたいと考えているので,そのときに中心的に読もうと思っていた。 しかし,本書の中で興味のある章から読み始めてみると,藤野氏の軽妙な語り口と切り口の明快さから時間を忘れ,つい読み耽ってしまった。

藤野氏の文章は読みやすく,資料の引用や文章構成が的確である。 だらだらと長いだけの饒舌な文章,くどいだけでしかないのに同じ表現・表記を多用(しつこい繰り返し)するといった独り善がりの文章ではない。そのような文章がブログ上に多く見られる。一体何が言いたいのかよくわからない。特に,他者に対する感情的な非難や誹謗中傷の場合,いくら本人が「批判」であると言い訳しようとも,その文章からは個人攻撃に終始する悪意と敵意しか読み取ることはできない。 それらに比べ,藤野氏は簡潔に結論を述べ,資料を考察して根拠を明らかにし,問題点に言及する。だから,彼の著書や論文はわかりやすいのだと思う。

今回,『「いのち」の近代史』,その続編『ハンセン病 反省なき国家』,『ハンセン病と戦後民主主義』を通読して,ハンセン病の歴史的背景を国家による意図的な政策という視点から的確に理解することができた。 それは,国家の進路を政治的に担ってきた人間と,ハンセン病対策に関わってきた光田健輔たち医者との「意志」が強く相補的に反映された結果であった。

個人の悪しき「意志」が国家に反映されたとき,時代を超えて共通の悲劇を生み出す。 今回の福島原発に関連する不祥事もまた同様である。国策に関わる人間の「意志」や「思想」が人間の運命さえも左右してしまう。

光田健輔らのハンセン病撲滅への願いは正しかった。だが,その方法論と,患者を犠牲にすることでハンセン病を日本から撲滅させようとする「意志」がまちがっていた。 時代に翻弄され,ハンセン病撲滅が急務であったとしても,患者を隔離することで「隠蔽」と「感染防止」を実現させ,患者の死をもって「撲滅」を完遂させようとする「意志」は決して許されない。 【目的は手段を正当化してはならない】
posted by 藤田孝志 at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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